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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2185号 判決

主文

本件控訴は、いずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果に徴しても被控訴人ら両名の本訴請求は、控訴人両名に対する関係において原判決の認容の限度において正当として認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に付加、訂正するほかは、原判決が理由で説示するとおりであるから、これを引用する。

1ないし8〈省略〉

9 原判決三四丁表九行目と一〇行目との間に、次の文言を入れる。

「控訴人千葉県は、高校教諭は、国家賠償法第一条にいう「公権力の行使」に当たる公務員でないと争うから、まずこの点について判断する。

国家賠償法第一条にいう「公権力の行使」という要件には、国または地方公共団体がその権限に基づく統治作用としての優越的意思の発動として行う権力作用のみならず、国または地方公共団体の非権力的作用(ただし、国または地方公共団体の純然たる私経済作用と、同法第二条に規定する公の営造物の設置管理作用を除く。)もまた、包含されるものと解するが相当である。

けだし、旧憲法下においては、国または地方公共団体の職員が、公権力の行使により、違法に住民に損害を加えた場合においては、被害者は国または地方公共団体に対し損害賠償を請求することができないとされていたが、日本国憲法第一七条がこれを認めたのに伴い、国家賠償法が制定施行され、このような場合でも、被害者は、国または地方公共団体に対し損害賠償を請求することができる旨を定めて(同法第一条第一項)被害者の救済をはかるとともに、当然公務員をして、安んじて公共の目的のため職務の遂行に当らしめるべく、当該公務員は、被害者に対し直接損害賠償責任を負うことはなく、かつその賠償責任を履行した国または地方公共団体は、故意または重大な過失がないかぎり、当該公務員に対し求償権を行使することができない旨を定めた(同法第一条第二項)のであつて、この規定の趣旨に鑑みれば、国または地方公共団体の違法行為に、それが広義の行政作用について生じたものであるかぎり、広く同法第一条の適用を認めるのが相当であり、単に狭義の統治作用としての優越的地位にもとづく公権力の行使による損害の賠償の請求についてのみ、同条の適用を限定するいわれはないからである。

したがつて、生徒の公立学校の利用関係についても、国家賠償法第一条第一項が適用されると解すべきところ(公立学校は教育を目的とする営造物であつて、その活動は広義の行政作用に属するばかりでなく、教師と生徒との関係は一般に教育目的の達成のために、かつその限度で対等の関係になくむしろ教師が生徒に包括的に指導、監督する関係にあることに留意さるべきである)、本件のようなクラブ活動は、たとい任意のものであつても、高等学校の教育活動の一環としてされる(この点については後記参照)ものであるから、生徒の公立学校の利用関係の範囲内にあることは、明らかであつて、これに従事する教諭は、同法第一条第一項にいう「公権力の行使」に当る公務員というべきである。そして、右の如く解する以上、公立学校が、義務教育たる小中学校であろうと、そうでない高等学校であろうと、区別して考える必要がないというべきである。

控訴人千葉県は、クラブ活動の指導、監督は、教諭の職務行為ではない、と主張する。

しかし、クラブ活動が本来社会教育の分野に属すべきものとしても、現実には、本件ような柔道部のクラブ活動は、高校教育の一環として(特別教育活動として)高校の諸施設を利用して行なわれていることは、後記認定のとおりであり、教育目的の達成のために、児童、生徒に対し、心身の発達に応じ、各種のクラブ活動を通じて、人格の完成を図ること(教育基本法第一条参照)は、学校教育上、相当なことであり、かかるクラブ活動をすべて社会教育とし、会教育指導員等に委ねるべきであるという見解は、学校が教育基本法第一条にいう教育目的達成のために与えられた機会を積極的に利用せず、みずから教育活動の範囲を狭めるものであつて、却つて妥当でない。成立に争いのない乙第二二号証(在学青少年に対する社会教育の在り方について)も、必ずしも、右と異なることを述べるものではない。高校生は、概ね満一五才から満一八才に至るまでの者であり、成人に近い判断能力を有するものがあるとはいえ、いまだ一般にその判断は未熟であり、クラブ活動のすべてをこれら生徒に一任することは相当でなく、その企面、実施について生徒の自主的判断、活動を尊重するにしても、おのずから限度があり、とくに柔道などのような生命身体の危険を伴うクラブ活動については、その企画、実施について熟練者による厳しい検討と指導、監督が必要であるというべく、クラブ活動の指導教諭ないし顧問教諭にとつては、その指導、監督がその職務範囲内にあるものというべきである。乙第二三号証の記載も、右認定を左右するに足りない。

したがつて、かりにクラブ活動の本質が社会教育の分野に属すべきものとしても、現に学校教育の一環としてされているクラブ活動と、その指導教諭ないし顧問教諭の指導、監督責任を否定することは、その限度で学校当局ないし県教育委員会がみずからその学校教育の権利、義務を放棄するに等しく、是認しがたい見解である。

この点の控訴人千葉県の主張は採るを得ない。」

10ないし14〈省略〉

以上のとおり、控訴人らの本件控訴は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担については民事訴訟法第八九条第九三条第九五条を適用し、主文のとおり判決する。

(瀬戸正二 小堀勇 奈良次郎)

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